2018年8月8日掲載
Doug Carn             Spirit Of The New Land
Black Jazz原盤       1972年録音

 何度も書いて恐縮の話ですが、1970年代のジャズについて一言。ジャズ評論家を名乗る方々は多数いますが、それでも1970年代のジャズ全体を語ることができるジャズ評論家はおりません。ジャズの方向性に多様性を見せた1960年代と違い、1970年代はその動き自体が複雑になって行きました。フュージョンという大きな流れがある中で、この流れに疑問符の方々、端から相手にしていない方々の活動場所は、局所的なものになって行きました。幾つもの超マイナー・レーベルが多数存在し、意欲的な作品を吹き込んでいったのです。その動きを追っかけられた方は、おりませんでした。その動きがあまりにも局所的であるために追っかけられない状態だったのです。そんな局所的な動きの一つが、このブラック・ジャズなのです。

 BJQD/8として発売された第8弾は、ダグ・カーンのブラック・ジャズ第2作目です。例の小冊子から本作を紹介します。

 スピリチュアル・ジャズ・シーンの伝説的巨人、ダグ・カーンがブラック・ジャズに残した2枚目にして続く3作目「リヴェレーション」と共にその創造性のピークを記した傑作アルバム。躍動的なビートを持ったダンス・チューン「Tribal Dance」、コルトレーン・ミュージックの伝道師たらんとするダグのこころざしが最も強烈に表現されたリー・モーガンのカヴァー「Search For The New Land」、そして永遠のスピリチュアル・ジャズ・アンセムとしてジャズ史に刻み込まれた名曲「Arise And Shine」、一音目から全身の血が逆流し始めるようなこの圧倒的な高揚感は何だろうか。

 前作に引き続き、ヴォーカルでジーン・カーンが参加している作品です。

20180808

 スピリチュアルな音楽、スピリチュアルな演奏、スピリチュアル・ジャズ。どれも良く使われる表現ですし、私もこの「今日の1枚」で何度もこの言葉を使ってきました。しかし、今回改めてダグ・カーンの本作を聴いて、私はこの言葉の意味をどこまで理解しているのだろうと、思いました。

 ネット上でうまい解説はあるのかと思って見て見ましたが、そこにしっかりと言及しているページは見つかりませんでした。「精神の高揚を呼び覚まし、果てしない意識の深みへと誘う自由と解放の、そして慈愛と平安のしらべ」との本の解説文があり、やはりこんな感じなのかなと思ったりもしました。

 確かに私を含めた多くの日本人の場合は「宗教の・・・」とのことになった場合、真に理解するのは厳しいものがあると思います。しかしながら、スピリチュアルなジャズを受け入れていないのかと言ったら、これは逆の話になります。セールス面を考えても、日本人は結構好きで聴いているのです。

 なぜこんなことをだらだら書いたかといえば、インパルス後期のコルトレーンの前には、そのような演奏はありませんでした。しかしインパルス後期のコルトレーン以降には、ジャズ界においてそのような演奏が多数出てきました。

 コルトレーンは、一線に出る前から宗教というよりも哲学的なことに強い関心がある人でした。またハーモニーを軸とした音楽理論も、常に貪欲に追求していた人でした。そのことを突き詰めていく流れの中で、インパルス後期の演奏に繋がったて行ったのです。従ってその音楽は当然ながらコルトレーンの個性の塊と言えるでしょう。

 コルトレーン以降の「そのような音楽」には、コルトレーンが到達した(もちろん演奏活動を続けられていたならば一つの過程となるのですが)音楽の上っ面だけを真似た演奏と感じることがありました。

 さてダグ・カーンの本作について。「Arise And Shine」はダグとジーンの二人が思い描く、人間が力強く立ち上がっていく生命力を、全身を込めて演奏している素敵なものです。まさに彼らにとっての、スピリチュアルなのでしょう。

 今日の私はスピリチュアルについてやたらと難しく考えているのかも知れません。しかし、ダグとジーンの「Arise And Shine」のように素直に心動かせられる演奏を前にして、ついついそんな事を思ってしましました。