1960年12月6日(火)の新聞から

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日経「特別国会 初日からもたつく、議長選挙、首班指名持越し、清瀬議長こじれる、組閣の方もこんとん、野党 清瀬氏に猛反対、議長、衆院協議会は物別れ」

読売「特別国会 議長問題でこじれる、首班指名持越す、清瀬氏再選で対立、自民案に両社党硬化」

朝日「首班指名持越す、清瀬議長もめる、国会きょうも空転か、国会対策委員長会談で話合い望む、自民」

 清瀬氏とは清瀬一郎のことで弁護士でもあり、東京裁判では東條英機の弁護士を務めていました。1955年から亡くなる1967年まで衆議院議員を5期務め、またこの年の2月から衆議院議長となりまた。また議長就任と同時に党籍を離脱したのですが、当時はこの慣習はありませんでした。「公平さを期するため」との理由ですが、弁護士経験によるご判断だったのでしょうかね。
 因みに第二次池田内閣は8日に誕生しました。その閣僚を眺めて私がお顔まですぐ浮かぶのは、自治大臣の安井謙,通商産業大臣の椎名悦三郎,そして内閣官房長官の大平正芳です。


この日の朝日新聞から

気になった記事
 12面に「テープレコーダーを輸出検査品目に、粗悪品の追放に乗り出す、通産省」とあります。カナダやアメリカ向けに電池式レープレコーダーの輸出が増えてきた中で、不良品が多いとの苦情が出てきたことを受けての措置でした。
 戦後に輸出品取締法が制定されましたが、すぐに業者による自主検査に転換しました。しかし1956年頃に海外で日本の粗悪品が問題となり、1957年に輸出検査法が制定されたのです。
 このテープレコーダーへの措置はこの法によるものでした。この法による検査によって日本製品の海外での悪名は消えていき、また日本製品力も向上し、やがて高度成長時代へと向かうでした。その過程での技術力の向上により検査品目は減っていき、この法律は1997年に廃止されました。

目にとまった広告
 同じく12面に会社名が無い小さな広告に「ご贈答にひがさの缶詰」とあります。これについてネットで調べましたが、情報を得られませんでした。

TV欄を見ると
 東京テレビ23:15「新閣僚にきく、池田内閣誕生」とあります。この日には誕生しなかったので、どのような内容になったのでしょうかね。