1969年11月6日(木)の新聞から

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日経「円切り上げ回避策、早急に、対外投資など促進、輸入制限の撤廃も、通産省筋」
 輸出好調→国際収支の大幅黒字→5年後の外貨準備高115億ドル→円切り上げを迫られることを回避→お金が外に出ていく政策が必要、こんな流れです。このように為替政策には神経を使っていましたが、第二次ニクソン・ショックによりブレトン・ウッズ体制が終結し1ドルが360円が終わったのは、この日から2年後のことです。

読売「沖縄返還時のベトナム再協議、米の立場を支持、声明に明記、政府譲歩、B52発進微妙」
 北爆開始により米戦略爆撃機B52が事実上沖縄常駐になったこと自体にも佐藤首相は難しい対応を必要としていましたが、1968年11月の嘉手納基地でB52が離陸に失敗し、弾薬庫近くに墜落する事故がおきました。このことが更に沖縄返還前のB52への対応を難しくしていたのです。

朝日「離農一時金を支給、積立金使い地賃上げ、農村若返り推進、55-60際層にも救済、農民年金で政府検討」
 この農民年金についてネットで検索しました。中国のそれは山盛りでヒットしましたが、日本のになると、詳細は掴めませんでした。


この日の読売新聞から

気になった記事
 3面に海外短波というコーナーがあり、「恋を呼ぶミニ・カー」とあります。この当時は世界各国で自動車ショーが大人気となっていましたが、ミラノでのショーに、二人乗りミニ電気カーが出品されたとのことです。

目にとまった広告
 松下電器のガスクッキング・テーブルの広告に「1台3役、なべ料理・鉄板焼き・テーブルに」とあり、非常に懐かしく感じました。
 実は私の実家が建て増しを行い、それまでの鰻の寝床のような台所が、ダイニング・キッチンへ生まれ変わったのが、確かこの年でした。そしてこのようなテーブルがありました。たこ焼き用鉄板もありました。しかしながら食卓として使われることはなく、食材置き場となり、その後30年以上、そのテーブルはその機能を発揮できずにいました。

TV欄を見ると
 TV欄、日テレ20:00からキックボクシングがあります。私の記憶ではキックボクシングは沢村が大活躍していたTBSの印象が強いです。しかし人気絶頂のこの時期には、同じ団体の試合ながら、沢村を主にしたTBS、大沢昇をエースにした日テレ、山崎照朝メインのNET、藤原敏男がエースの東京12チャンネルと、フジを除いた民放各局でキックボクシングを放送していました。
 因みに日テレのこの番組欄に「解説:安部直也」とあります。この人は、当時は小金井一家に所属していた、作家の安部譲二です。