1958年4月1日(火)の新聞から

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日経「ソ連、核実験を一方的に中止、再開の自由留保、米英の同調を希望、グロムイコ外相」

読売「ソ連、核実験中止宣言、西欧応じねば再開、グ外相提案、最高会議で承認、軍縮西方同調求む」

朝日「ソ連、一方的に核実験停止、再開の自由は保留、グロムイコ外相声明」

 ウィキペディアを見ますと、ソ連は1949年から1990年にかけて715回の核実験を行いました。ページには主な核実験として5回の内容が掲載されており、この日に報道以降では1961年10月30日に、核出力50Mtという、世界最大級の核実験を行っています。

 またこのソ連の声明がどのように影響したかはわかりませんが、部分的核実験禁止条約が米英ソの間で、1963年8月5日に結ばれました。


この日の朝日新聞から

気になった記事
 3面下の「海外トピックス」に、「テレビで見事 犯人を御用」との見出しがあります。盗難が多発していた西独ダルムシュタットの図書館で、カメラを設置して警察が地下でテレビで監視し、犯行をキャッチしたとの内容です。まだこの時期には受像機にモニターという呼び方はなかったようです。


目にとまった広告
 6面下に東芝の広告があり、「パリで世界一の光を灯した」として、「東芝のマツダランプ」を宣伝しています。1957年にパリで行われた標準電球の世界的なコンクールで世界一となり、この電球が5年間に渡り国際基準になるとのことです。

 ネットで調べますと、標準電球とは今でも存在しているそうです。さて「マツダランプ」ですが、これは1909年にアメリカで創設された、白熱ランプのブランド名とのことです。名称はゾロアスター教の最高神アフラ・マズダー に、由来しているとのことです。

 1911年に東芝の母体の1つである東京電気がライセンスを受け、タングステン電球「マツダランプ」の販売を始めました。1962年からは「Toshiba傘」ロゴを使うようになり、2010年には東芝グループで一般白熱電球の生産を終えました。


TV欄を見ると
 KRテレビ 18:15から「ジャズのど自慢勝抜合戦」なる番組があり、出演は星野みよ子です。この番組についての情報をネットから得られませんでした。当時はジャズマンがスターだったので、この番組名になったのかなと思います。ちなみに星野みよ子はジャズ歌手で、一定の人気があった方のようです。