1958年12月17日(水)の新聞から

トップ記事

日経「1ー3月、金融 異例の緩和か、日銀貸出も低水準、公定歩合 再引下げ再燃?」
 なべ底不況が1957年7月から1958年6月まで、岩戸景気が1958年7月から1961年12月までです。この新聞の時には景気回復局面だったのですが、掴んでいる数字ではまだそれが現れていなかったということなのでしょう。この新聞記事では資金需要が落ちている要因を、国際収支の大幅改善と不況による税収の吸い上げが少ないことだとしています。前者の理由ならば、輸出は増えていることになります。

読売「毛主席、1月に辞任、自ら再選断る、党中央委も同意、陳毅外交部長発表、党主席にとどまる、引責 失脚あり得ぬ、神格化避け集団指導へ、香港筋見解」

朝日「毛沢東氏、国家主席退く、一月再選を辞退、中共中央委で了承」

 毛氏は1959年4月に国家主席の座を劉少奇に譲りました。これは毛氏の大躍進政策の責任を取ってのこととされています。従って、読売と朝日のトップ記事の意味では、毛氏は辞任とはなっておりません。


この日の朝日新聞から

気になった記事
 5面に「汚される観光地、落書きに泣く国宝、珍獣や植物もさんざん」との記事があります。落書きされた国宝の例として、日光東照宮の落書きが写真つきで取り上げられています。また八戸市舞島の海ネコの被害として、ヒナや卵のある地域を立入禁止としていたのに、金網を破って人がなだれ込み、踏み荒らしたと書いてあります。

この手のことは、戦争直後から今に至るまで、観光地を悩ませていることなのです。


目にとまった広告
 最終面にビューティカメラ社の広告があります。「新発売 オートエクスポージャーカメラ誕生、発売近し」として、「ビューテイLM」というカメラを宣伝しています。先ずはビューティカメラという会社については、ネットから情報を得られませんでした。個人運営のページに、「ビューテイLM」は個人ページに情報があり、1959年の発売となっています。太陽堂光機という会社が1957年にビューティカメラに変更したようとの説明もありました。
 因みに広告にある「ビューテイLM」とは私の写し間違いではありません。


TV欄を見ると
 NHKからの料理番組は「塩サケ一尾の使い分け」との内容です。私は今から30数年前の12月に、大手物流会社の配送センターでアルバイトをしておりました。お歳暮時期の仕分け要因としてです。見ただけで中身が分かる贈り物は、花と新巻鮭でした。この番組での「塩サケ」のことなのでしょう。確かにまるまる上手く調理して行くのは、慣れてない人には大変なことなので、この番組は多くの主婦にとって有益だったと思います。
 因みに番組名なのですが、番組表には記載がありませんでした。読売も日経も同様です。